デジタルトランスフォーメーション 古くて新しい価格

22.05.26 01:24 PM By s.budo

今回は、様々な要因から価格の見直しや価格設計が求められる現在、改めて、マーケティングの直球テーマとも言える古くて新しい価格を考察してみます。

価格を決めるのは誰?

近年、スマートプライシング、バリューベースプライシング、ダイナミックプライシングやサブスクリプション等の新しい価格手法が登場していますが、全ての商品に適用できる万能な価格手法で無く、いまだに多くの企業において価格は、競合関係、顧客満足(価値)、自社利益のバランスに腐心する難題です。もっとも全く新しい商品で無い限り、競合他社との比較優位(劣位)、既存顧客の評価、利益目標が過去の延長上にあり、おのずと価格もその範囲から大きく逸脱することはありません。

基本的に、成長市場のシェアアップが期待される局面では市場予測を主管するマーケティングや経営部門主導の価格戦略が、成熟市場で利益確保に迫られる局面では製品を主管する開発や生産部門主導のコスト戦略が優先します。成長市場が乏しく停滞気味の国内市場にあっては、企業が価格を主体的に決める立場になく、Price taker的に価格は競合他社と市場全体の圧力から受動的に決まる感があります。

マーケティングの4Pで理解すると、今日、Price maker的に主体的に価格を決定できるのは、インターネットでPlace(流通)を、ITでProduct(製品・商品)を、SNSでPromotion(プロモー ション)を革新し、他社との差別化から市場の成長軌道に乗った企業と言えます。


新商品にまつわる品質コストの課題

革新的、画期的な新商品であれば主体的な価格設定が可能かと言えば、必ずしもそうでなく、新商品の価格設定にあっては品質コスト(COQ)を慎重に扱う必要があります。QCDで捉えられる品質はその“良さ”の程度ですが、品質コストで捉えると品質は“悪さ”がもたらす悪影響の費用です。

通常、収益が不確実な商品に十分な開発投資は行われません。少ない予算→不十分な品質管理→不良品→クレーム、修理等の悪循環が余分なコストを生む可能性があり、新商品では製品の潜在的な瑕疵を価格に考慮する必要があります。また、品質に自信のない商品の場合、少ない生産量→高い単価→売りづらい価格→消極的な販売姿勢に陥りがちです。これらの事態を回避する方法として、フィールドテスト的な段階を通して品質を検証しつつ、徐々にQCDのバランスを確保するアプローチがありますが、収益を生む価格が設定できるかどうかは不確実です。

新商品は、主体的な価格決定が理想であるものの、現実には品質と販売が軌道に乗るまでの間、生き残れる価格設定が求められますが、そのノウハウを蓄積している組織は多くありません。


デジタルトランスフォーメーション(DX)の価格は?

国内では、コロナ禍をきっかけにデジタル化の遅れが指摘される中、企業を始めあらゆる分野でDXが課題になっています。

ここで、欧米におけるDX事情が垣間見える2018年と2022年のHBR(Harvard Business Reveiw)の記事を抜粋紹介します。
2018年3月9日『Why So Many High-Profile Digital Transformations Fail:何故、多くの有名企業でデジタルトランスフォーメーションが失敗するのか』では、GE、レゴ、Nike、Procter&Gamble、バーバリー、マクドナルド、フォードのDXの失敗例から次の教訓を導いています。「革新的な情報技術にあって、経営幹部は合理的で適時適切な意思決定を欠くことがあります。~経営幹部は新しいテクノロジーで何ができるかを理解し、市場、製品/サービス、および流通チャネルへの影響を検討する必要があります。この難しい局面にあって、CEOは、急進的な技術変化の初期段階を、理解が疎かなまま、新しい市場を支配するチャンスと捉える傾向があります。どれぐらいのカーブかを知っていればカーブが来る前に投資することは理にかなっています。しかし、デジタルトランスフォーメーションでは、曲線が形になり始める前に達成すべき多くの調査と理解が必要です。」
2022年3月9日『The 4 Pillars of Successful Digital Transformations:成功するデジタルトランスフォーメーションの4本柱』の冒頭で、「長年の議論にもかかわらず、企業にとってデジタルトランスフォーメーションが何を意味するのかを理解することは、依然として困難な課題です。~ 明確な理解がなければ、プロジェクトの成功はおぼつきません。」と、いまだに欧米でもDXの定義が未確立であることを示しつつ、DX成功の4本柱を概説しています。

●ITの向上
  • ITインフラストラクチャ、クラウドへのアップグレード
  • 最新の企業内のITおよび通信プラットフォームによる従業員の作業効率の向上、IT保守コストの削減
  • デジタル化が進展する企業におけるAIなど高度なツールへの投資

●業務のデジタル化
  • デジタル化による既存業務プロセスの最適化、簡素化、合理化
  • AI、5G、IoTなどの高度なITツールの適用によるビジネスの成長
  • 顧客向けサービスの再設計



●デジタルマーケティング 
  • クライアントの獲得、ブランド認知度の向上、オンライン販売へのデジタルマーケティングの適用
  • マーケティング投資回収率の向上、顧客獲得コストの削減
  • 新規顧客の獲得と既存顧客へのサービス向上に資するBigデータ活用、KPIによる高度な管理


●新たなビジネス機会
  • 既存企業における新しいビジネス機会の創出
  • イノベーションとデジタルの同時開発
  • デジタルエコシステムによる新ビジネスモデルの成長

HBRが定義した4本柱で、現在進行中の様々なDXの段階を示すことが出来そうです。因みに、「新たなビジネス機会」の最後に「最も重要なのは、新しいビジネスチャンスの検証実験を行うことです。新しい収益源は現状のビジネスのKPI(重要業績評価指標)と微妙な違いがあり、利益を上げ成長するには、ITの向上やデジタル化プロセスにも増してデジタルの成熟度を高める必要があります。」と記し、DXを通じた収益獲得が容易でないことを示唆しています。

価格と価値の拮抗点

「価格とは、何かを買うときに支払うもの」、「価値とは、何かを買うときに手に入れるもの」と述べている投資家ウォーレン・バフェット氏が、投資に当たり「企業の価格決定力」を重視しているのは有名です。顧客にとって「支払は少ない方が良く、価値は高い方が良い」、企業にとって「顧客の支払は多い方が良く、顧客の要求(価値)は低い方がありがたい」と、一見、背反した立場に映りますが、価格も価値も様々な要因で変動、変化しています。

DXを端緒に、価格と価値の拮抗(釣り合い)点を見つけ、顧客と企業の関係性を変える新しいビジネスプロセス、価格手法が待たれます。


プロフィール

筆者:武道 誠芳 株式会社テンプロクシー 代表取締役

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