NYノマド 第23回 ニューヨーク州のピンク税廃止にみる"ソーシャルインクルージョン"のトレンドと企業の実践 Part.2

20.12.07 03:41 PM By s.budo

Part.2 AIなどのテクノロジーが助長するジェンダー差別、マイノリティへの偏見


女性の声がデフォルト設定となっている、SiriやAlexaのようなAIアシスタントがジェンダーバイアスや偏見を無意識に助長することに対して警鐘を鳴らしました。

この提言レポートのタイトルにも採用されているように、AIアシスタントがユーザーから、セクハラ的な発言をされた際にも、冗談で交わすなどで対応し、否定したり、断固とした対応を取ったりするなど、否定的な反応をしていないことについても、女性への偏見や差別を助長する影響があると指摘しています。
また、Princeton’s Center for Information Technology and Policy (CITP)が行ったAIアルゴリズムに関する調査研究では、AIアルゴリズムが男性よりも女性で多く家庭に関するワードが関連付けられており、高齢者や特定の人種や宗教に対して否定的な定義が紐づけられていたといいます。そして、人々に対して記されているあらゆるバイアスが、機械学習モデルに複製されてしまっていることを呈示しました。
これらの提言や調査研究が示すように、日常での無意識ジェンダー差別やマイノリティへの偏見が技術により媒介され、再生産されてしまっているというのが、技術に依存した私たちの社会や生活で起きてしまっています。
これに対し、今月、Twitter社Community Development Financial Institutions(CDFI:コミュニティ開発金融機関)に1億ドルを出資することが報じられました


CDFIはコミュニティ開発を目的とする金融仲介組織で、エスニック・マイノリティ(黒人やヒスパニック系移民 などで、社会的冷遇を受けている人たち)や低所得者、女性などに融資・出資する金融機関のことで、そのような人たちが暮らす地域の経済的自立を促すのがコミュニティ開発金融機関の役割です(http://www.isc.meiji.ac.jp/~koseki/results/CDFIreport.pdf)。


通常の銀行が出資したがらない地域、十分な金融的支援を受けられない地域や人々に対して出資を行っており、約8割の顧客が低所得者層で、約6割の利用者が有色人種です。Twitterのこの出資は、NetfilixやPaypal、Squqreなどの米テクノロジー企業による同様のマイノリティコミュニティへの出資活動に続く動きであり、Twitter社は金融リテラシーや経済的なインクルージョンを促進することを目指しているといいます。このような企業の出資だけでなく、アメリカではジェンダーやマイノリティへの差別や格差の現状に疑問を呈し、バイアスフリーかつマイノリティの人々をエンパワーするサービスや製品、そしてそれらを促進するマーケティングが次々と展開されています。

今回はミレニアル世代とマイノリティの人々にフォーカスし、新たなネットバンキングサービスを提供するサンフランシスコベースのVaroと、日本でも手作りDIYマッケートプレイスを展開するニューヨーク市ブルックリン区に本社を置くEtsyのホリデーシーズンのYouTube広告をご紹介し、その具体的なやり方、戦略を概観するとともに、この可能性や意義について考えてみたいと思います。

マイノリティに対する不利益や格差ゼロを目指すサンフランシスコのネット銀行ーVaro社

画像:https://www.varomoney.com/よりスクリーンショット画像を引用
Varo社はカリフォルニア州サンフランシスコで2015年にColin Walsh氏とKolya Klymenko氏により創業された、成長著しいフィンテック業界の中でも特に注目されているオンラインバンクです。

最新のテクノロジーを使い、全てのアメリカ人の財政生活を前進させ、顧客とコミュニティの成功を銀行ビジネスモデルの中心に据えることを目指して創業されました。
主なターゲット顧客は低所得者層から中所得者層です。
米連邦預金保険公社(FDIC)が発表した2019年の統計によれば、アメリカの全1億3124.8万世帯のうち、銀行口座を保有していない世帯は5.4%(708.7万世帯)で、属性の特徴として、低所得、低学歴、黒人、ヒスパニック、障碍を持つ生産年齢の世帯に多い傾向がありました。また、銀行口座を保有しない理由として、およそ約半数の48.9%の人が"


Don't Have Enough Money to Meet Minimum Balance Requirements(最低残高の要件を満たす金額を持っていない)"
回答しています。


銀行口座がなければ、クレジットカードは持てませんし、事業を始めたい・拡大したい、マイホームを購入したいという人生の契機に、銀行からお金を借りることができません。


今回の新型コロナウィルスによる経済的困窮と経済対策の一環で、アメリカではEconomic Impact Payment (Stimulus check:小切手)がアメリカ国民に支給されましたが、銀行口座があれば小切手が郵送されてくることを何日も待たずに、郵送と比較して少ない日数で受け取ることができます。また、アメリカではクレジットヒストリーと呼ばれる信用履歴のスコアが、ローンの借り入れだけでなく、社会的な信用の指標の一つとして利用されており、就職に影響を及ぼすこともあると言われています。


これらの低所得者層が銀行業界で被っている不利益や既存の金融機関が有する排他性を問題視し、昨今、ネオバンクと呼ばれる、より低コストでハイテクかつ利用へのアクセスが容易な新たな銀行が世界で続々と誕生しています。その一つがこのVaro社です。
従来の銀行では、口座を開設するためにデポジット金が必要だったり、口座開設手数料やATMから現金を引き出す手数料などを顧客が当然のように負担していました。こうした"銀行ビジネスの当たり前"を打破し、収入や資産が少ない、低所得者層や若者層でも利用でき、お金の運用を支援するサービスを打ち出したのがこのVaro社です。


オンラインバンキングは新型コロナウィルスによるパンデミックも重なり、ミレニアル世代の若者を中心に、ユーザーが拡大しています。


データ:https://www.ft.com/content/0e8033e3-f633-4dc8-8a6a-f12f847eb399より引用

フィナンシャルタイムズによれば、2020年10月のアメリカにおけるモバイルバンキングアプリのアクティブユーザー数はChime社386.4万人に対し、Varo社はおよそ92万人です(データ参照)。


両者ともに主な収益源はビザクレジットカードやデビットカードを発行し、これらのカードを顧客が利用した際に販売側から徴収した取引仲介手数料です。両者の大きな違いとしては、Varo社は今年7月末にフィンテックとしてアメリカではじめて連邦政府から銀行免許を取得しました。


Chime社は銀行と提携し、クレジットカードを発行していますが、これによりVaro社は単独でクレジットカード発行、住宅ローンの提供が可能となります。

Varo社の全てのサービスは、他のネオバンク同様、物理的な支店や窓口を持たず、アプリを利用したオンラインバンキングにより全てのサービスが提供されます。

主なサービスをあげると、無料のサービスは、

    • オンライン口座の開設、
    • 口座維持費用、
    • Varoバンク内の送金手数料、
    • ACH送金手数料、
    • 提携しているATM手数料(提携外ATMは1回2.5ドルの手数料が発生)、
    • カード利用時の取引費用(海外取引含む)、
    • 口座の解約

などが含まれます。

その他、50ドルまで予算残高を超えてお金を引き出せるサービスや、少額預金の最大金利が2.8%、AIを活用したお金の管理や運用を支援する機能があります。


こうした従来の銀行が顧客から徴収していた有料の手数料サービスをほぼ無料で提供することで、銀行口座を持っていなかった人や若者層の支持を得て、2020年6月時点で累計200万口座を提供しているといいます。

https://en.wikipedia.org/wiki/Varo_Money

https://techblitz.com/varo-money/

https://techcrunch.com/2020/06/03/challenger-bank-varo-soon-to-become-a-real-bank-raises-241m-series-d/

"Financial Inclusion(金融サービスへのアクセス機会の可用性と平等)"を目指す

画像:https://www.varomoney.com/about-us/よりスクリーンショット画像を引用

これらのサービス提供だけでなく、Varo社の企業メッセージでは「誰のための銀行なのか」が明快に定義され、発信されています。

例えば、Varo社のウェブサイトには”Banking for all”というコピーが掲げられ、下記の力強いメッセージでVaro社が考える顧客との関係性が綴られています。

"全ての人は、純資産に関わらず、顧客を成功させたい銀行から公平な待遇を受けるべきです。わたしたちは全ての人を大切に思っています。Varoは人種、性別、性的指向、ジェンダー、年齢、障がい、もしくは他のあらゆるバイアスや差別を許容しません。Varoでは全ての人が今日も、明日も、歓迎されます。"

画像:https://www.varomoney.com/about-us/よりスクリーンショット画像を引用
"銀行は善いことのための力であるべきです。そして人々がよりよく生きるための支援をするべきです。
私たちは全ての人は敬意をもった待遇を受けることが当然のことだと信じています。"

ここで一つ疑問が湧きます。


Varo社を創業したColin Walsh氏はウェルス・ファーゴなどアメリカの金融業界に従事し、既存の銀行業の世界にどっぷりと浸かってきた方です。そして、カリフォルニア州のサンフランシスコエリアは、アメリカ国内でも屈指の高所得者層が住むエリアの一つです。


どのようにして、ターゲットとする低所得者層の人々の理解やその人たちが対峙する差別にともに戦う姿勢を獲得しているのでしょうか。

業界や自社が持つ当たり前、バイアスを乗り越える

Varo社で顧客理解やUXリサーチに従事するエスノグラファーであるJeffrey Greger氏の論文には、こうした企業姿勢やサービス提供は、包括的な顧客調査と銀行業界の既成概念の徹底的な理解に基づいているといいます(Greger, 2020*1) 。
顧客調査では顧客の声に耳を傾け、顧客の視点を獲得するとともに、社内や銀行業界が顧客に対して向けていたバイアスをあぶりだす分析を行っています。
それは、金融業界の組織が抱える3つの論理、

"insularity(島化:閉鎖的で視野が狭い)"  
"decontextualization(脱文脈化:歴史的、に埋め込まれた金融業界の不平等さや排他性を再認識すること)" 
"technological hubris(技術的な傲慢さ:技術が全てを解決できる、ユーザーをコントロールできるという傲慢さ)"

でした。


そして、これら3つの論理は、組織のよりよい意志を導き、オープンで包摂的な金融組織を育むことためには乗り越えていかねばならない倫理的な課題であると定義しました。

さらにその影響に対抗するために、エスノグラファーが調査を行うだけでなく、社員が社内や銀行業界が無意識に抱えていた倫理に反する3つの論理を乗り越えようと"People First"という社員主導で分散的な、ボトムアップの草の根の対話活動を主宰し、展開しているといいます。


このPeople Firstという活動では、普段からあまり接触やコミュニケーションの機会が少ない人同士で、課題に直面した経験、失敗や成功体験などを共有し合うとともに、ダイバーシティやインクルージョンの活動を社内で担当しているグループと共同し、顧客対応、製品の倫理規定、社会的なインパクトに関する会話をする機会を作っているそうです。


顧客調査に基づいたサービスやアプリの開発だけでなく、組織開発的な活動にも力を入れている点が非常に印象的です。
日頃からの顧客への、そして自分たちと業界が抱えるバイアスに関心を持ち、オープンに対話すること。これを日頃の企業活動や職場内、社員間で継続しているからこそ、サービス、企業の世界観、哲学が一体となり、新たな"Financial Inclusion"を社会に提供することができるのでしょう。
この地道な取り組みを聞くと、小手先の戦略や戦術、ダイバーシティ施策だけでは、バイアスや差別のない、"ソーシャルインクルージョン(社会的包摂性)"を具現化した企業活動やサービスの展開は難しいということを感じます。
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Aya Kubosumi ノマドマーケター

コニカミノルタ、大阪ガスで行動観察やユーザーリサーチに携わったのち、GOB Incubation Partnersを創業。夫の突然の転職に伴い、東京から3歳の娘と夫とともにNY(ニュージャージー)に移住。ノマドマーケターとして、NYの人々、もの、こと、を日々観察、体験したことを素材に、日本の商品開発マーケターの皆さんと共有したいインサイトを綴ります。