バイデン大統領は7月4日のアメリカ独立記念日までにワクチンを1回以上受けた人の接種率を70%とする新たな目標を発表しました。
しかしながら、ワクチンの安全性への不安などから若者を中心に接種をためらう人も多く、ワクチン接種がスピードダウンしています。(6/1現在)
そこで今月のコラムでは、各州で次々と発表されたワクチンのインセンティブ策をご紹介し、ワクチン接種に関連したインセンティブ策がどのようにデザインされているか、考えてみたいと思います。
初回のプロローグでは、私自身の接種体験も交え、日常を取り戻しつつある米国の近況をご報告させていただきます。
- プロローグ 夏の幕開け、メモリアルデー連休。ドーナツからハンバーガー、学費まで?! ―ワクチン接種インセンティブ
- Part1. 行政主導で展開するワクチン接種インセンティブ策 ―地域の公共施設、文化施設等との提携
- Part2. ユニークな各州のインセンティブ策 -宝くじや懸賞、モノ・飲食、スカラシップ(学費・奨学金)など
- Part3. ワクチン接種のインセンティブ設計 ―良いインセンティブとは?
夏の幕開け、メモリアルデー連休
皆さん、こんにちは。
毎年5月最終月曜日はメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)で土曜日から3連休の休日となります。
こちらアメリカ東海岸では、このメモリアルデーウィークエンドからビーチやプールなどがオープンし、本格的な夏の季節のスタートとなります。
ワクチン接種が進み、パンデミックで全く身動きができず近隣にクルマで出かける程度だった昨年と比較し、 今年は3700万人が自宅から50マイル(およそ80キロメートル)以上の旅行に出ると予測されており、昨年度2300万人と比較して60%増と、このメモリアルデーウィークエンドの旅行需要も戻りつつあるようです。
テレビのコマーシャルでも、リゾートホテルやテーマパークのコマーシャルが流れることが多くなってきました。
ニューヨークでも続々とビジネスが再開し、ウォール街などの金融業界中心に、リモートワークから週数日以上社員をオフィスに出勤させる企業が出てきているようです。
ニュージャージー州でもできる限り企業の従業員をオフィスに出社させずに自宅等リモートワークで勤務させる政令が5月に解除となりました。
自宅アパートメントはジョージ・ワシントンブリッジのすぐ袂にあるのですが、橋の交通量が目に見えて増加しています。例年、夏の季節は週末日曜日の午後になるとニューヨーク側に戻る車でアパートの周辺が大渋滞になるのですが、昨年はコロナで全く姿を消した大渋滞が今月に入って戻ってきました。
私も5月に2回目の接種を終えましたが、2回目の接種半日後から翌日終日、全身の関節痛と頭痛のため、ほとんどの時間をベッドの上で寝て過ごしました。
前回同様、アメリカで処方箋薬局を展開する ドラッグストアチェーンのウォルグリーンで接種をしましたが、ワクチンを打ってくれた年配の女性に副作用について尋ねると、その方の双子のお子さんも接種を終えたそうなのですが、1人は発熱と倦怠感の症状が出ましたが、もう一人のお子さんには全く副作用の症状はでなかったそうで、副作用がどう出るかは運次第よ、と言われてしまいました。
全く症状が出ない人も私の周りには数名いましたので、副作用の出方は人さまざまなようです。

先日、マンハッタンを訪れた折には、車とテントを使った移動式のポップアップのPCRテストやワクチン接種サイトが設置されている道を通り過ぎましたが、利用している人はいない状態でした。
市内至る所に、ワクチン接種やPCRテストを受けることができる場所が設置され、さらに現在は75歳以上の高齢者、もしくは心身に障碍を持つ方などは希望すれば自宅でワクチン接種を受けることができます。

5月19日からニューヨーク州ではワクチン接種者のマスク着用義務などが不要となりました。
レストラン、博物館、美術館、リテイルショップなどの収容人数制限がなくなり、屋内レストランの深夜営業も5月31日より再開となります。
引き続き公共交通機関の利用、空港、駅などではワクチン接種完了者も引き続きマスク着用が必要となります。
そして9月14日からニューヨークのブロードウェーが100%の収容率で営業を再開すると発表、5月6日からは前売り券の発売が開始となりました。
9月14日の再開は『ライオンキング』、『ウィキッド』、そして『ハミントン』の3作品からのスタートとなります。
最も人気のミュージカルの一つ、『ライオンキング』はすでに9月14日の初日はチケットが売り切れとなっているようです。
先日はまだ時間帯ごとに入場制限を敷いているブルックリン・ミュージアムに家族で出かけましたが、午後に美術館前で行われていたクラシックコンサートイベントは大勢の人が集まっていました。
マスクをしている人、していない人の割合は半々くらいでしょうか。
カフェやバーに笑顔で集う人を横目に帰宅しましたが、ニューヨークの街に人が戻り、ようやく訪れつつある日常に、人々が活気や喜びを感じているようすが伝わってきました。
ニューヨーク今年の夏は恒例のマンハッタンのブライアントパークで行われる様々な野外イベントも開催されることが発表され、いつものように夏を楽しめるニューヨークが訪れつつあります。
ドーナツからハンバーガー、学費まで?!
ワクチン接種インセンティブ
5月に入り、ワクチン接種も12歳以上の子どもへの接種が全米でスタートし、5月29日の時点で少なくとも1回のワクチン接種を完了した人が50.1%、フルにワクチン接種が完了した人は40.2%となっています。
バイデン大統領は7月4日のアメリカ独立記念日までにワクチンを1回以上受けた人の接種率を70%とする新たな目標を発表しました。
しかしながら、ワクチンの安全性への不安などから若者を中心に接種をためらう人も多く、ワクチン接種がスピードダウンしています。
この状況下で、まだワクチン接種を行っていない人にワクチン接種を喚起、テコ入れする広告やキャンペーンが次々と開始されています。
行政だけでなく、企業や産業とタッグを組んでの様々なキャンペーンが繰り広げられ始めています。
ニューヨークでは、2019年に過去最高を記録した来訪者数6600万人からコロナ禍で2230万人に落ち込みましたが、2024年には19年度実績を超える完全復活を目指し、パンデミックで大打撃を被り続けていた観光業を復活させようと、観光プロモーションに過去最大の3000万ドル(日本円で約33億円)を投じることを発表するなど、様々な取り組みが始まっています。
今月、ニューヨーク州を含む、各州で次々と発表されたワクチンのインセンティブ策は、観光客向けの無料のワクチン接種といったその地域の経済政策が反映されたもの、ワクチン接種に関心を持たない人にワクチン接種を促すものなどがあり、中にはびっくり驚くようなユニークなものもあります。

例えば、早々にワクチン接種のインセンティブキャンペーンを始めたのは日本でも知られているクリスピークリームドーナッツ(Krispy Kreme)です。
クリスピークリームドーナッツでは3月22日から、ワクチン接種を完了した人に対し、接種記録を店頭で提示すると同店のオリジナルグレーズドーナッツを一つ無料でもらうことができます。
シェイクシャックのキャンペーンはデブラシオ市長が自ら毎日の定例会見内でシェイクシャックのハンバーガーとフライドポテトをほおばりながら、このキャンペーン内容を宣伝するという力の入れようでした。
他にも企業が提供するプロモーションでは、 シェアライドサービスのウーバー(Uber)やリフト(Lyft)はワクチン接種のためのワクチンサイトまでの移動を無料で提供しています。
アメリカ国内でワクチン接種のサイトを展開する ドラッグストアチェーンのシーブイエスファーマシー(CVS Pharmacy)は ワクチン接種を同店で行うと、クルーズ旅行やホテルなどのバケーション、コンサートチケット、スーパーボウルの観戦チケットなど豪華な賞品が当たる抽選に参加することができます。
まだまだあります。
米ビール製造大手の バドワイザー(Budweiser)は21歳以上のアメリカに在住する人に"Reunite with Buds"と称して、ワクチン接種完了者にビール1本を購入できるデビッドカードをもらうことができます。
さらに少し変わった無料サービスでは、オフィス用品販売大手の オフィスデポ(Office Depot)、ステイプルス(Staples)が ワクチン接種証明カードのラミネート加工を無料で提供しています。
これらのワクチン接種支援プロモーションの共通した特徴は、
- 主に自社のメインサービスや商品を無料で提供することを通じて、企業がビジネスを行っているコミュニティの人々のワクチン接種を促すこと、
- そして自社製品サービスの宣伝や顧客ロイヤリティ、ブランディングの効果を高めること
という二つの効用があります。
前者の効用をさらに細分化すると、ウーバーやリフト、オフィスデポやステイプルスはワクチン接種かかわる行動の動線を支援することで、接種会場までのアクセスが悪く、なかなか接種に行けないといったワクチン接種を阻害している要因を取り除く効用をもたらしています。
それ以外のシーブイエスファーマシーやクリスピークリーム、シェイクシャックなどはワクチン接種をすれば得られる利益を提示し、ワクチン未接種の人に対しワクチン接種を行う動機付けにしようとするものです。
野菜やフルーツをベースにした乳酸菌入り飲料を展開するソーグッド・ソーユー(So Good So You)は同社が展開する飲料商品の名前の"ショット(Shot)"とワクチンの接種の英語、"shot"をかけて、"Get Your Shot, Get Our Shot Free(ワクチン接種をして、私たちのショットを無料で手に入れよう)"というキャンペーンを展開したところ、反響が大きく、現在は一時的にこのキャンペーンを停止する状況になってしまっているようです。
こちらの会社規模が大きくないことも影響していると思いますが、ワクチン接種という健康領域の行動を促す場合、ドーナツやハンバーガー、フライドポテト、ビールよりも健康に関連したインセンティブのほうが、親和性が高い可能性を示唆しているとも考えられ、インセンティブの"中身"をどう設定するかというインセンティブデザインの検討要素になりそうです。

そういえば昨年12月にドミノピザがオンラインでピザを注文すると30日間映画のストリーミングが無料になるキャンペーンを行っていましたが、こちらもピザを食べる行動や機会に親和性の高い、"映画を見るという行為"に着目、冬のクリスマスのホリデーシーズンで自宅で過ごすことが多い時期に、無料で観ることができる権利をインセンティブに設定し、どうせピザをオーダーするなら、映画をタダで見れるドミノピザにしようか、と消費者の購買ボタンのスイッチを押す秀逸なインセンティブデザインの一つだと思います。