NYノマド 第30回アップステート・ニューヨークをリバイブする元ニューヨーカーたち Part3

21.07.26 01:43 PM By s.budo

週末移住文化とコロナウィルスによるパンデミックが生んだ3種類の部族

パンデミック以前から、キャッツキルやハドソンバレーといったアップステートはセカンドハウスや別荘を構え、週末や休暇を過ごすバケーションライフを営む場所としてニューヨーカーたちに人気がありました。ニューヨークで同時多発テロ事件が起きた2001年9月11日以降、一時的にニューヨークからアップステートに退避する人が増えたと言いますが、実際にリビングストーンメナーを訪れてみると、今起きているアップステートへの週末移住、定住のトレンドはより大きなうねりを感じます。


そしてその背景には3種類のトライブ(部族)の存在が重なります。

一つ目のトライブ

一つ目のトライブはアップステート出身のUターン組と元ニューヨーカー(もしくは元都市部在住者)のアップステート定住組のひとたちから成る定住者トライブです。

先にご紹介したバーンフォックス、フォスター・サプライ・ホスピタリティーの創業者たちはこのカテゴリに該当します。コロナウィルスによるパンデミック以前からアップステートの自然や歴史、人との繋がりに魅了されて移住し、この地域で仕事も生活も営んでいる人です。


アップステートの歴史や土地のストーリーに、都会やアップステート以外でのライフスタイルや文化のテイストを持ち込んだ地域に根差した仕事と生活、遊びが統合されたコミュニティで暮らしています。アップステートの地域活性化や新たな文化形成、ビジネスを担う中心的な存在で、クリステン・フォスターさんのインタビューにあったように、アップステートの歴史やストーリーを掘り起こし、新たに紡ぐひとたちとも言えます。



二つ目のトライブ

二つ目のトライブは元ニューヨーカーでシティとアップステート両方に家を保有し、両者を行き来する移住者トライブです。


ウォールストリートジャーナルの記事によれば、ハドソンバレーに別荘やセカンドハウスを持ち、週末にハドソンバレーを訪れていた裕福なニューヨーカーたちがパンデミックの影響を受け、都会からハドソンバレーに退避したり、リモートワークを期にこの地域に定住したりするようになりました。そして地元の人と比較してより世帯年収の高い人たちがアップステートに流入するとともに、その人たちが近隣の古いホテルやレストラン、お店などを購入し、シックでモダンな店内にリノベーションしてビジネスを展開、新たな人口動態とエコシステムを生んでいるといいます。
画像:ウォールストリートジャーナルの記事 より引用

同記事内にはシティからアップステートに移住したニューヨーカーたちのインタビューが掲載されています。

― "There's something appealing about the scale of operating businesses up here, versus in the city,(中略)It feels like we're going to become a part of the community.
(シティ(ニューヨーク市内)と比較してここ(キングストン)でビジネスを営むことはとても魅力があります。それは私たちがコミュニティの一部になれるということです。)"

アップステートでの新ビジネスはシティで高騰した不動産との価格差だけでなく、都会でのビジネスにはない、ローカルなコミュニティとの連帯感、帰属心をもたらすのでしょう。同様にパンデミック前のウォールストリートジャーナルでは『New York’s second-home buyers head for the Catskills』というタイトルの記事にブルックリンからキャッツキルに移住した男性のインタビューを掲載しています。

― “Most of my quality time, in terms of hobbies, community and so forth, is here,” he says. “I have come to think of the city as the second home.
(私の充実した時間、趣味やコミュニティなどがここにあるんです、と彼は言います。私はシティのほうが第二の自宅と思うようになりました。)”

すさまじいスピードで情報や人がフローすることでドライブしているシティと、土着感のあるアップステート。

アップステートがもたらしてくれる都会の孤独感、つながりやコミュニティへの所属の希薄さを埋める手触り感のある関係性と、心と身体を満たす生活の時空間がこの第二のトライブのひとたちをアップステートに惹きつけているのでしょう。


この第二のトライブがシティと行き来しながらローカルなストーリーや価値をシティに伝え、そしてまたローカルエリアにコミュニティを通じてビジネスの種をまき、受粉する存在になっています。

三つ目のトライブ

3つ目のトライブは週末移住、バケーション、ワーケーションなどでアップステートを訪れるニューヨーカーたちです。

画像:https://www.newyorker.com/culture/dept-of-design/the-airbnb-gold-rush-in-upstate-new-york より引用

アップステートのストーリーや体験を消費し、お金を落とす層です。コロナウィルスのパンデミックの到来で、人口密度が高い都市部から人口密度が低く、安全なこれらの地域に疎開する人が急増しました。

その結果、アップステートの地域での短期滞在需要が急増、不動産売買や古い家のリノベーション、短期滞在用物件レンタルを中心としたアップステートのゴールドラッシュを生んだといいます。

パンデミックでの疎開がアップステートにおけるAirbnb物件などの魅力的な短期滞在用物件を供給する機会となり、さらにそれらの物件の供給がこの第3のトライブの人々のバケーションやワーケーション物件レンタルと観光需要を押し上げるシナジーを生んでいます。

さらに言うと、短期滞在用物件がバケーションやワーケーションでの滞在経験を重ねることで、アップステートの魅力や価値を体感させるアップステート生活のショールームとして機能し、さらに定住者を増やすという流れを生んでいることも指摘しておきたいと思います。

3つのトライブが集うオープンな場とコミュニティ 
ワイン、ビール、スピリット、サイダー

今回このコラムを執筆するために改めて訪れたリビングストーンメナーや同じように近年地域活性化しつつあるアップステートの地域を調べていると共通点があることに気が付きました。


それは、ワイナリーや醸造所、バーといったアルコールを楽しむ場やイベントを提供する場の存在です。


バーンフォックス社がコワーキングスペースを展開する3つの場所を例に挙げてみましょう。

キングストンには3つのビール醸造所、ワイナリー1件、そしてビール、ワイン、サイダー、コーヒーが楽しめるRough Draft bar & booksという本屋さんが存在していました。

画像:https://www.roughdraftny.com/ より引用

ハドソンにはビール醸造所2件、ワインショップが1件、ワインバーを含めたバーが8件ほどひしめき合っており、それぞれのウェブサイトやグーグルマップにポストされている写真を見ると、なかなかこじゃれて居心地のよさそうなお店ばかりです。

リビングストーンメナーではビール醸造所が2件、バー、そしてUpstream Wine & Spiritsというワインショップが存在し、このワインショップはブルックリンから移住してきたオーナーが毎週土曜日にワインテイスティングイベントを開催しており、ハンモックが置かれた店内でリビングストーンメナーに集う様々な人たちがワインを楽しみながらオープンにつながり、語り合う場が営まれているといいます。

画像:https://www.upstreamwine.com/ より引用
バーなどのお酒を提供する場は、閉じられた場ではなく、誰もが足を踏み入れることのできる境界の緩い、オープンな場です。
こうした場がこの3つのトライブの人々が混ざり合い、語り合う機会を提供し、そこからさまざまな関係性やビジネスが受粉される装置として機能しているのではないかと思うのです。


これはあくまでまだ仮説ですが、まだ訪れたことがないリビングストンやハドソン、そしてリビングストーンメナーのワインショップに足を運び、その場やコミュニティを観察して、この仮説と新たな文化と価値が開花していくこれらのアップステートの秘密を探ってみたいとうずうずしています。
元ニューヨーカーの定住者や週末移住者を中心としたトライブが地域の活性化と新たなエコシステムを生んでいるアップステート。
残念ながらポジティブな面だけではありません。

アップステート地域における不動産価格の高騰により、地域の人々が家を買いづらくなり、土地や家などの不動産価格がより安い地域に移住せざるを得ないというネガティブな影響をもたらしているともいいます。
また、新たなエコシステムと言っても、主にニューヨーカーとアップステートの白人を中心としたコミュニティに限定されているようにも感じます。
しかしながら、日本においてもアメリカほどではないにせよ、郊外や田舎に移住する人が増え、また地方で増加し続ける空き家問題をリノベーションで滞在用物件やコワーキングスペースにするというビジネスも広がりつつあると聞きます。


ポストパンデミックの日本、都会と地方、田舎との間で、どのような人たちに、どのような流れや関係が生まれ、新たなライフスタイル、エコシステム、ビジネス、そして文化を生み出し、ドライブしていくのか。そしてそこにはどんなトライブが生まれるのか。まだまだコロナ禍が続く日本の厳しい状況下で、新たに包含しているポジティブな変化を観察してみてはいかがでしょうか。


それではみなさんまた次回のコラムでお会いしましょう。
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Aya Kubosumi ノマドマーケター

コニカミノルタ、大阪ガスで行動観察やユーザーリサーチに携わったのち、GOB Incubation Partnersを創業。夫の突然の転職に伴い、東京から3歳の娘と夫とともにNY(ニュージャージー)に移住。ノマドマーケターとして、NYの人々、もの、こと、を日々観察、体験したことを素材に、日本の商品開発マーケターの皆さんと共有したいインサイトを綴ります。

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