NYノマド 最終回 未来に向けた変化の兆し Part2

21.12.16 06:22 PM By s.budo

新たなブランドの役割
ノンバイナリー、インクルーシブなコミュニティ構築ムーブメントの加速

ニューヨーク市では11月2日に行われた市長選の結果、2人目の黒人市長が誕生することとなりました。
民主党のエリック・アダムス氏です。

ニューヨーク市警、ブルックリン区長などを経て今回の当選となりました。

これは現職のデブラシオ市長が永らく反対してきた法案でしたが、次期市長のエリック・アダムス氏が支持を表明し、来月の定例会議において法案可決の見込みが強まっています。様々な国から多様な人々が集い、社会的、経済的コミュニティを形成しているニューヨーク市にとって、この多様な人々のコミュニティへの参画こそが原動力です。
そのコミュニティに参画しているマイノリティの人々の権利を尊重し、アメリカ市民と同じように対等に向き合おうとする姿勢が、より多くの才能ある多様な人々を惹きつけ、その人たちがコミュニティに参画する循環が生まれるのでしょう。

もちろん、アメリカの国全体でこの方向性になるとは思えませんが、ニューヨーク市のように各都市や自治体が独自の政策を打ち出していくことがより求められていくと感じます。

時を同じくして、二人のセレブリティから新たなブランド生まれたことがソーシャル・メディアなどで話題となっていました。
一つはイギリスの元ワン・ディレクションのメンバーで歌手、俳優、そしてファッション・アイコンとしても絶大な影響力を持つハリー・スタイルズ氏が発表したコスメ・ブランド"プリージング(Pleasing)"です。

そしてもう一つの新ブランドは、パキスタン出身で大人気のネットフリックスシリーズ、「クイア・アイ」でゲイの5人のホスト、ファブ・ファイブの一員でもあり、ファッションデザイナーのタン・フランス氏が立ち上げたファッション・ブランド"ワズ・ヒム(WAS HIM)"です。

プリージング 
あなたの心を喜ばせる、エイジ&ジェンダーフリーなコスメ・ブランド

画像:https://pleasing.com/products/the-pleasing-penよりスクリーンショット画像を引用
画像:https://pleasing.com/products/nail-polish-4-setよりスクリーンショット画像を引用
画像:https://pleasing.com/よりスクリーンショット画像を引用
ハリー・スタイルズ氏のプリージングのキャッチコピーは"Find your Pleasing."
あなたの心を満たし、喜ばせることを見つける、それをお手伝いする存在としてのブランドです。

プリージングのインスタグラムアカウントには"コミュニティ"というカテゴリが設定されていることからは、プリージングなことをこのブランドを通じて共有し、体現するコミュニティを目指していることが伝わってきます。

現在は限定的にスキンケア、ネイル商品の展開をスタートしており、商品の紹介ページには年齢、ジェンダーが心地よくブレンドされ、温かなインクルーシブネスを感じるイメージ写真を目にすることができます。

例えば、スキンケアラインとしてペンタイプの目元美容液と美容セラムの2種類が展開されていますが、いずれの商品紹介ページのモデルは有色男性が起用されています。
同じくマニキュアのプロダクトには年齢を重ねた手や様々な肌の色の手が登場し、それぞれの人の手の魅力を伝えています。起用されているモデルも、年齢や人種に多様さが見られます。

そしてウェブサイトの全てのページの右下には車いすのピクトグラムデザインのアイコンが表示され、クリックするとウェブサイトのアクセシビリティに対して、障碍を持った方々のウェブショップへのアクセシビリティを提供することにコミットする同社のステートメントとともに、ウェブアクセシビリティに対するガイドライン等が明確に記載されています。

"Do Better(よいことをする)"のページでは、より大きな男女平等や経済的なインクルージョンのために職人やものの作り手の責任ある成長や創造的な関与を支援するNPO、ネスト(NEST)の活動をアメリカそして全世界で支援することが書かれています。
ウェブサイトだけでなく、プロダクトデザインも従来の女性にフォーカスしたフェミニンなデザインとは一線を画したハリー・スタイルズ氏の独特な世界観のデザインが採用されています。

WAS HIM 
自身のいじめ経験から生まれたジェンダーレスのアウターウェアブランド

画像:WAS HIMオフィシャルサイト、https://www.thmbl.com/よりスクリーンショット画像を引用
そしてもう一つのブランドはタン・フランス氏がデザインしたアウターウェアブランド、ワズ・ヒムです。


タン・フランス氏は7月に同氏のインスタグラムで同性パートナーのロブ・フランス氏とともに代理出産で赤ちゃんを迎え、親になったことを公表していますが、今年10月に自身の新たなアウターウェアブランド"ワズ・ヒム(WAS HIM)"を発表しました。

このブランドのウェブサイト内のビデオで、このブランド名に込めた想いやビジョンがタン・フランス氏の口から語られていますが、このブランドネームは彼にとって、とても大きな意味を持っているといいます。

ワズ・ヒムのスペリングは"WAS HIM"です。タン・フランス氏のミドルネームは"バシーム(Washim)"で、このミドルネームが一つ由来となっています。

もう一つはイギリスに生まれ育った同氏が、子ども時代にクラスメートからからかわれてつけられたあだ名が"ワズ・ヒム(was him)"でした。
ほとんどが白人、学校全体で7人しか有色の子どもがいない学校で学んでいた同氏は、クラス内で何かよくないことが起きたり、変な匂いがしたりするとすぐにクラスメートから、同氏のミドルネームをかけて、”It was him!(それ彼だよ)"と言われ、指を指されたといいます。
このことはとても心の痛みを伴う出来事でしたが、この痛みを何か、ポジティブな回転にしていきたい、ジェンダーや人種に関わらず、あらゆる人が、自分がどのようにありたいのか、そしてその自分をどのように外に表現し、伝えていきたいかを後押しするブランドになることを願ってこのブランドネームをつけたと言います。

ファースト・コレクションになる2021年秋冬のアウターウェアコレクションでは、彼のルーツであるイギリス、パキスタンと南インドそれぞれの伝統的なテイストやモチーフを盛り込み、彼のパートナーのロブ・フランス氏が生まれ育ったワイオミング州の牧場が今期コレクションのテーマとなっています。

この人しか買えないというようなエクスクルーシブではなく、誰でもが着ることができる、インクルーシブなブランドを目指しているとビデオで締めくくっています。

価格帯こそ、アウターウェアということもあり、300ドルから400ドル台となっていますが、比較的様々な人種や体形のモデルを採用し、全てのアウターウェアは男女共通でXSからXXLサイズで展開されています。

同ブランドのインスタグラムアカウントでフォロワーから現在提供されているサイズ展開について、現在以外のサイズを求める声に対しても、次コレクション以降でサイズ展開を拡大していくことを約束していました。彼の新ブランドは、ブランド・インキュベーションと小売プラットフォームを展開するサンブル(thmble)とのコラボレーションです。こちらの会社も、現在のブランド構築のモデルに疑問を投げかけ、ビジョナリーな人たちが本当に創りたいもの、ことをより真摯なアプローチで具現化し、"フォロー(follows)"や"ライク(likes)"に基づいたビジネスをしないことを明確に謳っています

ノンバイナリー
インクルーシブなブランドの姿とブランドの役割の変化

前回のコラムで紹介したカナダのスキンケアメーカーのDECIEMですが、こちらも同社の公式インスタグラムアカウントでは、スローベンバーイベントの告知を従業員と推察されるアジア人の男性が説明した動画を掲載しています。

プリージングやワズ・ヒムとも同様、化粧品のメイン顧客は女性、といったステレオタイプや特定のブランドや商品を、特定の顧客だけという前提を置かず、新たなインクルーシブネスをブランドとコミュニティを通じて体現しようとしている姿勢が伝わってきます。

ブランド戦略論を発展させたカリフォルニア大学名誉教授のデービッド・アーカー氏のブランドの定義によれば、

ブランドは「ブランドの名前やシンボルに関わる資産(もしくは負債)の集合であり、製品やサービスにより価値を付加する(もしくは減ずる)もの」と定義されています

ブランドは従来、消費者にシンボリックなイメージや価値を提供し、消費を促すような機能を担ってきましたが、これらの新たなブランドたちが体現する"ブランド"には従来のブランドの定義では語れない、新たなあり姿が現れているように感じます。


それは、その価値を付加したり減ずるものではなく、その価値を体現するものであり、名前やシンボルに関わる資産に留まらず、ブランドが体現する世界観や価値を顧客やステークホルダーと共に創るための主体であるということです。


従来のブランドは消費者にとって、自分の社会的ステータスを誇示するものであったり、なりたい自分像を重ね合わせるためのものでした。

しかしながら、これからのブランドは消費者という定義を超えて、そのコミュニティの一員としてともに目指す世界観をインタラクティブに創造し続ける場になっていくことを感じます。

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Aya Kubosumi ノマドマーケター

コニカミノルタ、大阪ガスで行動観察やユーザーリサーチに携わったのち、GOB Incubation Partnersを創業。夫の突然の転職に伴い、東京から3歳の娘と夫とともにNY(ニュージャージー)に移住。ノマドマーケターとして、NYの人々、もの、こと、を日々観察、体験したことを素材に、日本の商品開発マーケターの皆さんと共有したいインサイトを綴ります。

s.budo