NYノマド 最終回 未来に向けた変化の兆し Part3&結び

21.12.21 07:24 PM By s.budo

公正で透明性のあるコミュニケーションと待遇が持続的な成長の源泉 
全ての社員の最低給与を7万ドルに引き上げ、売上3倍になった企業

最後にご紹介するのは、CEO自らが自分の給与を大幅に削り、社員の待遇の大幅改善にコミットしてコロナ禍の経営難を乗り越え、成長を続けている企業からの変化の兆しです。

ダン・プライス氏(Dan Price)率いるシアトルのグラビティ・ペイメンツ社(Gravity Payments)は2004年創業のクレジットカードの決済システムやオンラインペイメント関連のサービスを提供するスタートアップです。

6年前の2015年にダン・プライス氏は自身の110万ドル(日本円でおよそ1億2千400万円)の報酬をカットし、その代わりに130人全ての社員の給与を7万ドル(およそ790万円)以上に引き上げました。

彼の報酬も同じく7万ドルです。

ワシントン州シアトル平均給与額はおよそ6万8800ドルですので、この平均給与額以上に最低給与額を引き上げていることが分かります。

彼の社員給与引き上げはニュースにも取り上げられましたが、保守系メディアのフォックス・ニュースでは彼を社会主義者だと言い、批判されたとツイッターで述べています


さて、この彼の意思決定はどのようなストーリーを生んだのでしょうか。

画像:https://gravitypayments.com/thegravityof70k/よりスクリーンショット画像を引用
この社員に最も投資するという大きな決断の後、同社の収入は3倍となり、ハーバード・ビジネススクールのケーススタディに取り上げられ、同社の従業員のマイホーム購入が10倍になったといいます。
さらに彼のツイートによれば、社員数が70%増加、顧客は2倍、従業員が赤ちゃんを迎える数が10倍、70%の社員が抱えていた借金の支払いを終え、会社へのエンゲージメントはアメリカの国内平均の2倍、離職率が半分になったといいます。
驚くべき結果と数字を生み出した最低給与7万ドルへの引き上げですが、コロナウィルスによるパンデミックで会社の55%の収入が失われてしまいました。
しかしながら、同社の社員たちは自ら志願して、自分たちの給与の一時的なカットを申し出て、この困難を乗り切ったといいます。

ダン・プライス氏はこの最低給与額の引き上げを行う前をこう回顧しています

"An employee was secretly working a 2nd job at McDonald's. It was clear I was an awful CEO who was failing his employees. I gave her a raise to quit that job. No one should have to work two jobs to make ends meet.


(一人の社員がこっそりマクドナルドで副業をしていました。それは私が従業員に対して失敗している、ひどいCEOだったということが明確でした。私は彼女にその仕事を辞めるために給与を上げました。誰一人として、生計を立てるためだけに二つの仕事で働くべきではないのです。)"


彼のこのエピソードがメディアで拡散されると、その考えに共感し、同じように社員の最低給与額の引き上げを行う企業も現れました。

社員の待遇を上げることがこうして様々なポジティブな効果をもたらしたことの背景には、ダン・プライス氏の従業員を信頼し、尊重する姿勢ともに、対等な関係性を築き、従業員が安心して、存分にパフォーマンスを発揮できるような就業環境や関係性を育てようとし続けていることが大きいと感じます。
また、彼自身が自身のツイッターや様々なメディアでオープンに彼が考えていること、やりたいことを伝え、透明性を持ったコミュニケーションを大切にしていることも感じます。
  • 会社の頂点に存在するCEOが自分の意思決定や給与をブラックボックス化し、社員の給与を含めた様々なコストカットを通じて得られたプロフィットは、社会にとって、働く人にとって、そして私たちにとって、どんな意味をもたらすものでしょうか?
  • 誰かの労働力を不当に搾取して得られた利益から作られた製品やサービスを使うことに対して、私たちはどのような態度を取るのでしょうか?

企業活動においても、どのようにステークホルダーとかかわり、どのようにプロフィットを獲得し、それらをどのように投資するのか、この一連の企業の営みにおいて、より真摯で、公正で、オープンな在り方が問われるようになっていくことを強く感じます。

結びに

アメリカ生活を振り返ると、決してポジティブなことばかりではありませんでした。

アジア人というマイノリティであるからでしょうか。差別的と感じる態度や扱いを受けたこともあります。

日本の素晴らしい宅配サービスに慣れきっていた私にとって、注文した小包が無残な姿で届けられ、クレームしても見事に却下されるという心の折 れる経験は日常茶飯事です。


最近もミシガン州の高校で同校の生徒が4人の生徒を銃殺するという痛ましく、悲しい事件が起きました。常に犯罪のリスクとは隣り合わせのアメリカ社会では日本にいた時のように、夜も安心して出歩くことはできません。犯罪マップを眺め、起きうるリスクを認識し、後ろを振り返りながら早足に歩くという行動もこちらに来てから身につきました。
それでも尚、またアメリカに戻る機会があれば、ぜひ戻りたいと感じる国なのです。

それはなぜなのか、このコラム最終回を執筆しながらずっと考えていました。

まだ明確な答えがあるわけではありませんが、今私の中で一つ強く実感するのが、"希望"の存在です。
複雑な歴史的背景や社会構造を持ちながらも、ここアメリカにいる人々が、困難に直面する度、声を上げ、変化するための行動を起こす姿です。

コロナウィルスによるパンデミック、ブラック・ライブス・マターの活動、アジア人ヘイトクライムに対する抗議活動等、この3年で経験したこれらの出来事の全てで、痛みをともに共有し、力強く前進することで乗り越えようとする人々の姿をたくさん目にしました。

もちろん、全員が全員、そうではありません。私を含め傍観者もたくさんいますし、貧困や病気など、様々な制約などで行動できない人もたくさんいます。
それでも行動を起こし、前に進む人たちの姿が目に入ると、そこに希望を、そして背中を後押しするエネルギーを見出すことができるのです。
人種や育ってきた環境、バックグラウンドは異なれど、勇気ある変化への行動には希望と、共感という素晴らしいエネルギーをもらうことができました。

アメリカで生活し、このことを体感できたことに心から感謝をしたいと思います。
日本に戻り、この希望をどのように自分のこれからの仕事や人生の中で行動していきたいか、変化の兆しを踏まえながら考え続けていきたいと思います。
今、日本で皆さんはどのような変化の兆しを、そして希望を感じているでしょうか?
そして皆さんご自身はそれらにどのように向き合い、関わっっていきたいと感じていますか?
ぜひ皆さんの声をきかせていただければ嬉しいです。
それではみなさん、どうぞお元気で。
いつかどこかでお会いできることを楽しみにしております。
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Aya Kubosumi ノマドマーケター

コニカミノルタ、大阪ガスで行動観察やユーザーリサーチに携わったのち、GOB Incubation Partnersを創業。夫の突然の転職に伴い、東京から3歳の娘と夫とともにNY(ニュージャージー)に移住。ノマドマーケターとして、NYの人々、もの、こと、を日々観察、体験したことを素材に、日本の商品開発マーケターの皆さんと共有したいインサイトを綴ります。

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