NYノマド 第5回: 文化施設のサービスデザイン~複数ステークホルダーへの価値提供と関係性維持のデザイン(前編)

19.04.26 05:11 PM By s.budo

NY州の今年度予算と法案可決、麻疹の流行、話題に事欠かないニューヨーク

みなさん、こんにちは。ニューヨークでは、マグノリア(木蓮)の花が咲き、桜も開花からあっという間に満開となり、ようやく春の訪れを感じる季節となりました。4月はキリストの復活をお祝いするイースターのお祭りがあり、木々や花々とともに、春の訪れを告げてくれます。


さて、NYCでは麻疹の流行とニューヨーク市が3月末に可決した二つの法案であるプラスチック製バッグ使用禁止、混雑税の導入が街中を賑わせています。

麻疹の流行はニューヨークだけでなく、2019年に入り、全米の20の都市でその流行が報告されており(Centers for Disease Control and Prevention)、ニューヨーク市ではブルックリンおよびクイーンズ地区において、4月15日の時点で329例の発症が確認されました。

ニューヨーク市での麻疹の流行は主にユダヤ教正統派と言われる人々のコミュニティを中心に発生しており、このコミュニティでは宗教上の理由から「アンチ=ヴァクス」の考え方のもと、麻疹の予防接種をしていない無接種人口が多く、この状態に、聖地巡礼のためにイスラエルに渡航したこの地区の人がイスラエルでの麻疹流行時に感染し、それが持ち込まれ、感染が拡大したようです。この背景には、ユダヤ教正統派の人々の間に、ワクチンには猿、ネズミ、豚のDNAを含有し人体に害が生じる、予防接種は自閉症を引き起こすといった医学的根拠のない情報が迷信として流布しているということがあるようです。ニューヨーク市のビル・デブラシオ市長は、感染が拡大するブルックリンおよびクイーンズ地区の特定の地区に居住する住民や通勤、通学している人に対し(郵便番号で居住、通勤、通学地域を特定)、全員へのワクチンの強制接種を義務付けるとともに、義務に反した人には、なんと1000ドルの罰金を課すことを命じました。特に子どもへの感染拡大の抑制のため、これらのユダヤ人コミュニティでは、公的な教育ではなく、ユダヤ教によるプライベートスクールが運営されており、その学校での感染拡大が懸念されているため、ニューヨーク市はこれら特定の学校に特定期間の閉鎖も命じています。

このように、ニューヨークでは麻疹の流行一つとっても、日本とはまた異なった要因、背景が存在しており、民族、宗教的要因の影響力の大きさを痛感します。

もう一つの話題は、先月末に可決されたニューヨーク州の予算と関連法案で、特にプラスチック製バッグ使用禁止と混雑税の導入はニューヨーカーたちの間でも賛否両論、大きな話題となっています。プラスチック製バッグの禁止は、2020年3月から導入予定で、NY州でのプラスチック製バッグの使用が原則禁止となります(レストランのデリバリー、デリや食肉店の総菜、新聞の包装袋、クリーニング店など、いくつかの用途は除外)。また、プラスチック製バッグの禁止のみならず、飲食店の店舗やデリバリーなどで使用されているプラスチック製容器やスプーン、フォーク、ストローなどの使用も禁止対象に入れることを検討しているそうです(週刊NY生活2019年3月2日号)。こちらでは日常のご飯の際にデリバリーを利用する頻度が高く、また、スーパーなどでも、日本と比較してプラスチック製袋の質が悪く、薄いためかすぐに敗れるので、少量の買い物でも、複数の袋に小分けにされて渡されます。その結果、スーパーのビニール袋が大量に自宅に在庫することになります。

混雑税の導入は、市の公共交通機関の改修を行うために必要な資金を捻出する目的で2021年より導入され、マンハッタン区の60丁目以南の混雑する地域に乗り入れる車両に課金する制度です。支援団体は、公共交通機関を利用する人が増え環境向上に貢献すると評価、他方、反対派はこの地区を通勤する人にさらなる経済的負担を強いると反発(DAILYSUN NY, April 5, 2019)、キニビアック大学が4月2日に発表した世論調査によると、同制度について、ニューヨーク市民の過半数が反対していることが明らかになっています。混雑税導入は全米都市の中で初の試みとなるこの制度、混雑税はすでにロンドンなどで導入されており、ロンドンでは導入後、バスの利用者が37%増加し、交通渋滞は約25%減少したそうです(NYビズ!, March 2, 2019)。

いずれの制度も賛否両論、とにかく様々なステークホルダーにとって影響の大きいであろうこれらの政策。日本の消費税値上げの議論でも、世論や国民の十分な賛成が得られず未だ導入の議論半ばになっていますが、複数ステークホルダーの利害関係が対立する政策や施策の意思決定と施行はなかなか一筋縄にいくものではありません。しかし、これらの法案を可決したクオモ知事をはじめとした州議会は、州の財政再建のため、とにかく即効性のある策の導入とアクションを最優先しての意思決定であったとメディアに報じられているのを聞き、ここにも、今がなんとかやりすごせればよいという日本にありがちな政治や経済トップの意思決定との差異を感じ入ったのであります。現状を変化させるには、自らがアクションする、みんなでアクションする、こういったマインドセットがニューヨークの経済的活況や文化興隆を支えているに違いありません。

複数のステークホルダーを抱える文化施設によるサービスデザイン

さて、冒頭でご紹介したNY州で可決された二つの法案は、NY市民のみならず、企業やNY州でビジネスを営むあらゆる人々を巻き込み、そのアクションや環境を変えるものになりますが、全てのステークホルダーの利害が一致するようにデザインすることは極めて困難なものとなります。


商品・サービスのデザインでは、

 (1) 顧客:誰の

 (2) 課題:どんな課題に

 (3) 価値:どんな価値を提供して解決/支援するのか

の3点を明確に設定する必要があります。そのため、ターゲット顧客の理解は極めて重要なファクターとなります。ある特定のユーザーのみをターゲットにしているケースでは、特定のユーザーのみを対象にその理解を進めればよいのですが、複数のターゲットが顧客となりうる場合や、他のステークホルダーを巻き込む場合は、メインのユーザーの理解から始めるものの、他のターゲット顧客の理解も合わせて進めなければなりません。これはなかなか骨の折れることです。


NYに来て、民族や人種、世代、ジェンダーなど様々な属性のダイバーシティを日々感じていますが、美術館やコンサートホール、公園、動物園など公共性を帯びた文化施設のサービスデザインに驚かされることが多くありました。これらの文化施設には、多様な人が訪れ、楽しみながら滞在したり、サービスを享受したりすることが求められます。例えば、私には3歳の娘がいますので、休日にこれらの文化施設に遊びに行こうとすると、子連れで快適に過ごせる場所として、子どもが利用しやすく清潔なトイレがあるか、近隣にカフェや飲食店があるか、ベビーカーでのアクセスは可能か、公共交通機関でアクセスしやすいか、子どもが滞在していても許容される雰囲気や環境があるか、など複数の条件を設定し、インターネットを駆使してなんとかして探し出し、そこに行くという方法を取っていました。私と3歳の娘の親子を顧客とすると、これらの課題を同時に解決するような場所、サービス、環境が求められるということになります。


するとどうしても、子ども向けの遊具がある公園、動物園、ディズニーランドなどの遊園地、キッズカフェなど子ども向けのファシリティをメインとした施設に行かざるを得ず、もちろん、子どもと過ごすには楽しいのですが、私個人にとっては、自分が親としてではなく、個人の大人として過ごす時間の両方を満たすような経験はなかなかしづらく感じていました。個人的には美術館などを巡るのも好きなのですが、他の来場者に迷惑をかけてはいけないと思い込み、気が引けてなかなか連れていく機会は訪れませんでした。

ニューヨークにはたくさんの美術館があります。子どもを幼稚園に預けるようになってから、一人で美術館に行こうかなと勝手に思い込んでいた矢先、マンハッタンで子育て経験のある友人のママとご飯を食べる機会がありました。その方に、ニューヨークでぜひ経験すべき体験や行くべき場所について聞いてみたところ、なんと、美術館やJAZZを候補に挙げたのです。彼女曰く、ニューヨークの文化施設では子どもと親が一緒に楽しめるプログラムがたくさん提供されていて、日本ではなかなかできない経験とのこと、ぜひトライしたほうがいいよと薦めてくれたのです。日本でも、国立近代美術館や横浜美術館などで子ども向けのプログラムが提供されていますが、ほとんどが小学生以上を対象としており、3歳の娘と一緒に参加できるプログラムはありませんでした。また、ほとんどの子ども向けプログラムが常設ではなく、ゴールデンウィークや夏休みなど比較的長期間の休みを対象にした期間限定イベントでの開催が多いように思います。そこで、早速Googleを駆使して、調べてみると、、、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にメトロポリタン美術館(MET)、Whitney Museum of American Art、グッゲンハイム美術館、アメリカ自然史博物館、Jazz at Lincoln Centerなど、出てきます、出てきます、子ども向けのプログラムや親子向けのプログラムが複数見つかりました。土日を中心に親子で美術館案内を楽しめるプログラムや子ども向けのクラフトイベントなど多彩です。その中で、3歳の娘でも参加できる複数回のプログラムであること、親子で参加できること、親である私も興味が持てそうなプログラムであることの前提条件を設定して、METの親子アートラスとJazz at Lincoln Centerの親子JAZZクラスの2つのプログラムに参加してみることにしました。

Reference from https://www.metmuseum.org/learn/kids-and-families


後編では、二つのプログラムに実際参加してみて、この二つの複数ユーザーを対象にしたサービスがどのようなサービスデザインになっているのかをMETのアートクラスを中心に紹介しながら検討し、振り返ります。

Keep in Touch !


ビジネス、公的な活動問わず、アメリカのこれらの事例から何かのヒントがお届けできれば幸いです。みなさんからのコラムに関するご質問や、こんなことを聞いてみたい、知りたい!というリクエスト、叱咤激励などなど、24時間365日お待ちしております。ではまた次回コラムでお会いしましょう。

Columnist

Aya Kubosumi ノマドマーケター


コニカミノルタ、大阪ガスで行動観察やユーザーリサーチに携わったのち、GOB Incubation Partnersを創業。夫の突然の転職に伴い、東京から3歳の娘と夫とともにNY(ニュージャージー)に移住。ノマドマーケターとして、NYの人々、もの、こと、を日々観察、体験したことを素材に、日本の商品開発マーケターの皆さんと共有したいインサイトを綴ります。 

s.budo