NYノマド 第5回: 文化施設のサービスデザイン~複数ステークホルダーへの価値提供と関係性維持のデザイン(後編)

19.05.14 12:09 PM By s.budo

前編で、米国におけるサービスデザインの特徴をご紹介しましたが、後編では、実際にMETの二つのプログラムに参加してみた体験を、子を持つ親とマーケターという二つ目線からご紹介させて頂きます。

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まず最初にご紹介するのがMETの親子アートプログラムです。METでは、ファミリー向けの館内ガイドマップだけでなく、子ども向けのアートブックなどを取りそろえた Nolen Libraryがあり、そこでは毎週子供向けの絵本を読んでくれる時間(ストーリータイム)があり、参加は無料です。また、6歳から12歳向けの鑑賞用オーディオガイドなどのサービスが提供されています。他にも、単発開催で3歳から6歳向けに親子でアイディアをシェアしたり、アートワークを1時間楽しんだりすることができる"Start with Art at The Met"や、こちらも3歳から6歳向けに親子で館内のギャラリーを巡りながら、観て、動いて、歌って、歌と音楽とともにアートワークを楽しむ"Start with Art and Music"などが提供されています。METが提供する豊富な親子、もしくは子ども向けの情報、サービス、プログラムの情報を眺めるだけで、アートは広く、あらゆる人にアクセスされ、楽しまれるべきだという思想とともに、子連れを歓迎されているように感じ、子どもを持つ親としては、俄然、行きたい欲求が高まります!(METだけでなく、先にいくつか挙げた、子ども向けプログラムのある美術館等はウェブサイトに家族や子ども向けのページが用意されており、そこにアクセスすると、子どもと一緒に楽しめるサービスが丁寧に紹介されています。)週末の予定や子どもとどのように過ごすか、現代ではウェブでなんでも検索する時代です。たとえ、口コミでママ友から「これがいいよ」と教えてもらっても、ママ友が後でLINEに情報のURLを送ってくれたり、その場で、自分で検索して確認したりし、良さそうかどうかの一次スクリーニングをかけ、良ければ情報をスマートフォンにメモして保存しておくのです。そして後で実際に行く機会や予定を検討するときに必ず参照します。したがって、ウェブサイトでの情報提供とスクリーニングは言ってみれば、大学センター試験の足切りに値します。「これは行ってみたい、楽しそう」、すなわち、"私に価値がありそうだ"と思わせるデザインを施しておくことはかなり重要なファクターだと言えます。


さて、今回は、単発開催ではなく、タームで受講できるMETの子ども向けアートクラスに参加してみたいと思い、ウェブページをさらにクリックしてみると、子ども向けアートクラスも、なんと2歳!から参加可能なプログラムがあり、12歳までの子どもに向けて全部で10種類ものクラスが用意されています。その中で3歳の子どもが参加でき、私も一緒にアクティビティができる、"Parent-Child Workshop (Ages 3–5)"を受講してみることにしました。このクラスは、全8回、毎週決まった曜日と時間(1時間のプログラム)にMETで水彩、コラージュ、彫刻、描画など様々なアートワークを行い、創造性を探求し、共有し、ともに楽しむ内容になっています。費用はMET会員(Members:)$450、一般(Public)$530です。8回ですから、1回あたり、会員でも55ドル強することになりますが、親子で、かつ、自宅では絵の具やクラフト、粘土などを思いっきりするには、それなりの道具類の初期投資、準備や後片付けなどが必要なことを鑑みると、まだアートなどとはほとんど触れていない娘には、関心の有無を知る良い機会になるのではと勝手に期待し、投資してみることにしました。

メンバーシップ制度のデザインとサステナブルな収入源確保

さて、ここで、続いてクラスの費用のデザインについて取り上げてみたいと思います。先ほど、このクラスの費用はMET会員(Members:)$450、一般(Public)$530とご紹介しました。MET会員になると、METで開催されている有料イベントや物販、レストランカフェ(本館には9つのレストラン、カフェ、カフェテリアなどがあります)などの割引を受けることができます。アートクラスでは15%オフになる金額設定がされています。このディスカウント分は80ドルですね。MET会員で最も安い会員費用が100ドルで、1年間、無料で会員本人とゲスト一人、18歳以下の子どもがMETに入館できます。METの入館料は一般の大人一人25ドルですから、アートクラスにいったついでに親子で一度はゆっくりMETの館内を観て、また、アートクラスに参加しようと思うと、25ドル+80ドル=105ドルになります(アートクラスの参加には、入館料は不要となります)。この金額を提示されると、「せっかくだし、金額も1回自分たちで入館料を支払っていくのと大差ないので、会員になってアートクラスに参加しよう」というインセンティブがむくむくと生まれます。絶妙なプライシングです。この100ドル会員では、特定の期間に開催されるモーニングアワーでの鑑賞や、エキシビションのプレビュー、MET館内のレストランやストア、パーキングの10パーセントオフも会員特典として準備されています。一日館内で過ごすには、レストランカフェも利用するだろうし、お土産やアートグッズも見てみたい、と想像すると、会員にならない理由が見つかりません。結局、クラスへの申し込みとともに、会員申し込みを済ませることにしました。
他にも、200ドル会員、600ドル会員が全3レベルのメンバーシップが用意されており、それぞれ、入館無料になる人数や、アクセスできる特典が異なります。また、全ての会員には、エキシビションなど最新の情報や会報誌が届きます。200ドル会員以上のメンバーシップでは、これらのメンバーシップの人しかアクセスできない、バルコニーラウンジがあります。ここではカフェや軽食、お酒などを楽しむことができます。



https://www.artsjournal.com/realcleararts/2013/03/membership-does-have-its-privileges-heres-a-new-one-at-the-met.htmlより引用)

肝心の親子アートクラスは?

親子アートクラスは今月、全8回の参加を終えたところです。毎回のクラスでは、子ども、大人ともにスモックが用意され、それを着て、各回テーマやアートワークに取り組みました。親子で何か一緒に作業をするのだろうと勝手に思い込んでいた私ですが、なんと、同じ部屋で、子どもは子どものスペースで、大人は大人のスペースで、同じテーマですが、それぞれ少し異なったワークに取り組む内容でした。例えば、ある会では、"Drawings & Sketches"がテーマで、METの館内に行き、ギャラリーの前でスケッチをするという内容でした。初めに、教室で、先生が子どもにマティスなどの著名な作品を、その形、色、組み合わせ、どうしてこのような作品を書いたと思うかなどを子どもたちに質問を投げかけながら、子どもの意見をシェアします。こちらの子どもたちは、とても積極的です。マティスの絵を見て、先生が「これは何色?この色はどうやって作る?これはどんな形に見える?」と尋ねると、口々に、「紫!」「紫は青と赤でつくるんだよ」「これは羽に見えるよ」「お空を飛んでるんだよ」など、自分の考えやアイディアを答えてくれます。そして先生と子供たちで絵の概要や背景などを子どもが関心を持つレベルで共有しました。その後、いざ、館内のその絵が飾られているギャラリーへ。なんと贅沢な体験でしょうか。本物のギャラリーで、本物の絵の目の前で子どもが絵を見てスケッチをするのです。3歳から5歳の子どもたちにとって、そして私にとっても貴重な体験です。ギャラリーで、自分が気に入った絵や、関心のある絵を、黒鉛筆と色鉛筆で子どもたちにスケッチしてみるように先生が指示すると、子どもたちは床に座り、じっと絵を眺めたり、絵を眺めずにすぐに書き始めたりと様々な反応や行動を示していました。大人に対しては、ギャラリーの好きなところに行き、自分のスケッチした家を色鉛筆でスケッチするように言われ、大人たちも三々五々、好きな場所や絵のところに赴き、自分のペースでスケッチをしました。


METの館内に行き、ギャラリーの前でスケッチをする子供たち(写真、筆者撮影)


周囲にはもちろん一般来場者がたくさん絵を鑑賞しています。そこでスケッチをするのは、私としてはなかなか勇気がいったのですが、とてもエキサイティングな体験でした。ちなみに、うちの娘と言えば、この時に書いたスケッチについて、帰宅後、本人に聞いてみると、アートクラスの前に事前に館内を鑑賞していた際に観ていたギリシアエリアの、羽の生えたライオンの像を観たことが記憶に残っていたらしく、ギャラリーの絵ではなく、羽の絵をひたすらスケッチしたようです、子どもは素直ですね(笑)。

娘の絵(写真、筆者撮影)


こうした体験的な経験は、子どもだけでなく、私たちの無意識の記憶に深く刻み込まれますそして、これを提供してくれたMETとの関係性が深まり、継続していく契機となります。B・J パイン、J・H・ギルモアが『エクスペリエンス・エコノミー』を上梓して、早20年が経とうとしています。

この本の4年後に、彼らは、ほんものという本を上梓しています。"本物の経験、体験"のデザイと提供は、今後もサービスデザインにとって、最も重要なファクターの一つといえるのではないでしょうか。娘も、METで観て、経験した様々な本物は記憶に残っているようで、彼女が一番気に入っているJackson Pollockの絵は、子ども向けの本を購入したのですが、気が向くと持ってきては眺めています。そして、終わってしまった後には、「アートクラス今日は行かないの?」と時折聞いてきます。このアートクラスの体験は、少なからず、彼女の記憶に刻み込まれているようです。
また、この親子アートクラスのデザイン、運営する側からすると、子どもと大人のアクティビティを同じ時間に分けてやること、また、館内のアセットや環境をフルに活用したアクティビティを提供するのはなかなか大変なことだと想像します。他の一般鑑賞者への影響や、ハンドリングの煩雑さを考えると、日本ではなかなかやらない類の内容なのではないでしょうか。それをさらりと提供してのけるMETの一流さ、本物さはここにあるのでしょう。こうした複数のイシューを解決しながら、この親子アートクラスのサービスがデザインされ、3歳の子どもも、大人も一緒にアートを学び、共有し、楽しむというニーズも達成されているのです。

複数の顧客の様々なニーズ、関連するステークホルダーのイシューが複雑に包含されつつ、それらを同時に解決し、価値を提供している事例として、METの親子アートクラスを取り上げました。ぜひ皆さんも、日本でのサービスデザインやビジネスデザインについて、自分が利用してみて、その体験からデザインを紐解いてみてください。きっとまた違った視野や視点に富んだ経験になると思います!


それではまた、次回のコラムでお会いしましょう。

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ビジネス、公的な活動問わず、アメリカのこれらの事例から何かのヒントがお届けできれば幸いです。みなさんからのコラムに関するご質問や、こんなことを聞いてみたい、知りたい!というリクエスト、叱咤激励などなど、24時間365日お待ちしております。ではまた次回コラムでお会いしましょう。

Columnist

Aya Kubosumi ノマドマーケター


コニカミノルタ、大阪ガスで行動観察やユーザーリサーチに携わったのち、GOB Incubation Partnersを創業。夫の突然の転職に伴い、東京から3歳の娘と夫とともにNY(ニュージャージー)に移住。ノマドマーケターとして、NYの人々、もの、こと、を日々観察、体験したことを素材に、日本の商品開発マーケターの皆さんと共有したいインサイトを綴ります。

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