コラム1:「当たり前」という執着を手放すことで見えるもの

18.11.08 12:16 PM By s.budo

「執着」をゼロベースにして価値観を再構築する! 山﨑 洋子(マーケティングリサーチコンサルタント)

「執着」という不幸せ

突然ですが、皆さん・もしくは皆さんの周りにヨガをやっている方はいらっしゃいますか?先日ニュース番組で、現在日本において年に1回以上ヨガをやる人は770万人と取り上げられていました(対象者:全国一般生活者男女20~60才、2017年セブンアンドアイ出版調査)。今後もこのヨガ人口は増加すると予測されているそうです。皆さんの周囲での定性的な感覚として、この数字や傾向をどうお感じになられますか?

かくいう私も実はヨガを6年ほど続けています。きっかけは趣味のテニスでケガをすることが多くなり、その予防のために友人たちから勧められたことだったのですが、今では、足腰が動く限り生涯継続できる楽しみとなりそうな予感がしています。自分にとってヨガに魅了されるところはいくつもあるのですが、その中の1つに先生が毎回レッスンの前にしてくださるヨガの教えにまつわる小話があり、そのおかげで日々の暮らしでささくれ立った心に潤いをもらっています。

つい先日はこんな話がありました。 

お二人の息子さんをお持ちの先生、幼稚園に通う長男くんが「足して10になったら正解」というゲームアプリにご執心。夢中な余り、うまく10にならず不正解だった時の癇癪がそれは酷かったのだそう。その様子を横で見ていた次男くん、まだ10の計算など出来ない歳だけれど、見よう見まねで遊びだし、正解よりも不正解の時に「バァ」と出てくるおばけのアニメーションのほうに反応して大喜び。それを見た長男くん、弟と一緒になっておばけを出すほう=不正解になることも喜んで遊ぶようになったのだそうです。

ヨガの教えの中に「執着という不幸せ」というものがあるそうで、モノゴトの一方向の結果にこだわり過ぎるとそもそもの目的がわからなくなってしまう。そこから解放されると、「執着」の陰に隠れていた本来の目的が見えるようになり、それが幸せに繋がる。同じモノでも見る方向を変えるとまったく違う世界が見えてくる、ということを子どもたちからあらためて学ばせてもらったんです、とおっしゃる先生。だからヨガもきれいな形を作ろうとしたり、人と比べることに執着せず、今日の自分はどうかな?ということを感じて楽しんでくださいね、と話を終えてレッスンに入りました。

ヨガ人気の理由は様々あると思うのですが、こういった先生たちのちょっとした話に和んだり、はっとさせられたり、ヒントをもらったり、救われたりすることが皆さん多いようで、心と身体の両方で実感を得ながら自分と向き合うこと、しかもそれをカジュアルに日常に組み込める場が今は不足しているのかな、求められているのかもしれないな、と感じています。

「未来食堂」-「まかないさん」が支えるお店


この「執着を手放す」という話を聞いて、私の頭に関連して浮かんだのは、東京・神保町にある「未来食堂」のことでした。皆さん、この名前を耳にされたことはあるでしょうか?「自分以外の人件費はゼロ」(東洋経済オンライン「神保町『未来食堂』の"非常識な成功"の秘密」より)。これまでの外食業態の概念を覆す試みで定食屋を経営されている小林せかいさんのお店です。小林さんは東工大を卒業後、日本IBM・クックパッドなどで計7年半エンジニアとして働いた後、1年4か月の修行を経てカウンター12席の食堂を開業。調理は基本的に一人で切り盛り。そして「自分以外の人件費はゼロ」の通り、なんと、他の業務は「まかないさん」と呼ぶお客様に手伝ってもらう制度を導入しています。50分間、皿洗いや掃除などの手伝いをしてくれた人に、日替わりの900円の定食を報酬として提供する、というのがまかないさん方式。ほんのバイト感覚の方に加え、飲食店開業や起業を目指す方が小林さんの発想に触れたいがために、次々と体験しに訪れているそうです。「飲食店の『当たり前』に対する疑問が尽きなかった」という小林さん。この他にもごはんはお客さんに自ら好きなだけよそってもらう、メニュー価格は50円単位で10円以下の硬貨は用意しない、月当たりの売り上げや原価といった経理情報をインターネットで公開し、お客様に未来食堂を知ってもらう機会にするなど、彼女の感じていた違和感や疑問を放置せずに次々と独自スタイルを展開してきたそうです。

「業界の当たり前」を手放すことで生まれる新しい価値

その独自スタイルの柱となっているのが左記の図に示される考え方で、この発想の転換力と潔さにも舌を巻きました。理系的アプローチとも言えるのでしょうか?

「お客様と関係がないこと×やらなくてもいいこと(象限D)はどんどん減らす」=(例)「10円以下の硬貨廃止」

「どうせやらなければならないことはお客様のためになるよう考える(象限CをAに)」=(例)「経理のオープン化」

自分の仕事を棚卸ししてみた時。「お客様」を「家族」に置き換えてみた時。なかなか耳が痛い内容ではないでしょうか?AやBと思っていたことが実はDだった、というように、既成概念にとらわれ過ぎ、もしくは思考停止に陥っているためにD象限に入るコトは意外と多い、と自らを省みる次第です。

まかないさん方式は店主一人で店を回すための手段ですが、その発想の転換が起業を目指す人の学ぶ場をも創出した。小林さんのやっていることは省力化に他なりませんが、この四象限の考え方に基づく合理性による新価値創出であり、「外食産業の当たり前」に執着せずに実行してきた結果が、彼女のお客様を幸せにしている、ということなのだと思います。

物事は見る方向によって幸せを生んだり不幸になったりする。「正解しなきゃ」という執着からヨガの先生の長男くんが解き放たれたことで再び喜びを見出したように、私たちもマーケティング業界の「当たり前」という雲をはらって、お客様と共に本来の青い空をのぞみたいものです。

執筆者

山﨑 洋子(マーケティングリサーチコンサルタント)

東京女子大学卒業

出身地:千葉県

略歴:雪印乳業(株)(現・雪印メグミルク(株))にて10年、市場調査・商品開発に従事。2001年(株)インタレストの設立に参画、メーカーでの経験を活かしながら、定性情報を主体としたマーケティングリサーチ&コンサルテーション業務に携わる。同業務に加え、2014年より(株)ウェルコインターナショナルにてプロジェクトベースのスタッフとして参画。現在に至る。

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