NYノマド 第8回:攻めるオンラインビジネス企業 〜顧客に響くデジタルとフィジカルな空間と経験(二章)

19.08.29 01:25 PM By s.budo

皆さん、こんにちは。


さて、いよいよ二章から、私自身の購買体験と、それを踏まえて検討した“今の小売業”に必要なエッセンスについてご紹介させていただきます。第一弾は、高級健康飲料のオンライン販売で飛躍中のDirty Lemonがプロデュースしている、マンハッタンのトライベッカ地区にある無人店舗Drug Storeです。

テキスト・コマースのDirty Lemonがプロデュースした無人実店舗「Drug Store」

Dirty Lemon(ダーティ・レモン)社はミレニアル世代をメインターゲットとした、高級健康飲料のオンライン販売で急伸している企業です。昨年は米国ビジネス誌Fast Companyによる、2019年小売部門の"MOST INNOVATIVE COMPANIES(最も革新的な企業)"にも選ばれてます。

このDirty Lemon社は、2015年設立、ニューヨークを拠点し、レモネードに抹茶、炭、朝鮮人参、バラ、アロエ、コラーゲンなど、ハーブや美容成分などを加えた高級健康栄養ドリンクを発売、オンラインのみの販売で、6本セット(1本は約473ml)、ワンタイムでの購買はなんと65ドル!、毎月の定期購入は45ドルというかなりの高価格帯商品です(写真:Dirty Lemon商品 より引用)。


販売の仕方もユニーク!
一度顧客がウェブサイトに訪れオンラインで商品を購入すると、その後はスマートフォンからテキストメッセージを送るだけで、新しい6本の商品が届けられるというものです。
この初回にオンラインで登録して購入すれば、以降はスマートフォンから注文をテキストメッセージで送るだけで購入手続きができ、オーダーが配送される販売方法は"conversational commerce(カンバセーショナル・コマース)"、もしくは"text commerce(テキスト・コマース)"やと呼ばれています。
顧客にとっては、ウェブサイトを訪れ、注文ページを開いて注文する手間が大幅に削減され、あたかも友達とチャットするかのように、テキストメッセージで注文ができてしまうのですから、一つの革新的な購買体験といえるでしょう。

こういった独自の顧客との販売スタイルから、世界初のダイレクト・トゥ・コンシューマー飲料ブランドとも言われています。
2018年5月には同じくミレニアル世代をターゲットに、AI技術をベースとした会話型の天気情報提供サービスを提供するPonchoを買収し、カンバセーショナル・コマースの強化を図っています( https://www.wsj.com/articles/dirty-lemon-enhances-conversational-commerce-tech-with-acquisition-of-poncho-1527629998https://www.businesswire.com/news/home/20180529005820/en/DIRTY-LEMON-Acquires-Poncho---Solidifies-Status)。
そしてさらに2018年9月にはこのテキスト・コマースの会社が無人実店舗をNYに初出店したのです。

店員は誰もいません。タッチパネルと商品のみの実店舗、Drug Store by Dirty Lemon

まずは、どんなお店なのか、こちらの写真をご覧ください。


無人店舗はマンハッタンの南西に位置するトライベッカ地区にあります。看板には「毎日の新聞と冷たい飲み物」とあります。

シンプルですが、どちらかといえば、何のお店か分かりづらい店名ですね。


私がお店に滞在中も、アメリカ人男性1名(若そうな方)、とアメリカ人女性1名(50~60代半ば?)の方が、お店をのぞき込みに来ていました。


男性は私に、「ここ何?」と尋ねてきたので、「健康ドリンクの無人店舗ですよ、1本の値段、高いけど、テキストして買うみたいです。」と質問すると、「Wow!」と言って、去っていきました。。。


では、実際にお店に入ってみましょう。

およそ15平米くらいのスペースでしょうか。ドリンクの陳列ケースと新聞スタンド(看板にあったように、確かに、新聞スタンドがあります:写真左下)、タブレット、持ち帰り用のビニールバッグ、観葉植物、以上です。

ミニマムです。


まず、お店に入ると、何を、どうしてよいのか、戸惑います。

通常であれば、ドアを開けて入ると店員スタッフがいたり、レジがあり、商品を選んでレジに持っていくというスタイルですが、店員もレジもないため、最初に何をしたらよいのか困惑している自分がいました。


普段の実店舗での購買行動の経験を照らし合わせても参照できる経験が見当たらないためでしょう。

カラフルなパッケージが並びます。

ドリンクは9種類で。種類はそこまで多くはありません。


ここで写真を撮って、インスタにアップする人が多いのだとか。インスタ映えするよう、陳列のカラーリングにもこだわっているようです。


ひとしきり健康飲料を眺めた後、タブレット画面の前に行き、表示されている情報を見ることにしました。

タブレットに表示されているのは3点のみ。



1. 欲しいボトルを取ってください(1本10ドル)。


2. あなたが取ったボトルを917.588.0640(電話番号)までテキストしてください。


3. 人生を前向きに進もう!支払いはテキストで完了します。



以上ですね。そして右下にQRコードがあります。


まずは買いたいボトルを選んで、取り出すところから始めるということがようやく分かり、再度陳列ケースの前に立ちますが、単にドリンクが置いてあるだけで、どんな種類のドリンクなのかがパッケージだけではさっぱり分かりません。



タブレットをいじると、商品のラインナップのページが出てきたので、気になる飲料の情報をチェック。


情報も極めてシンプルです。

さらに画面にタッチしてスワイプしてみると、商品のイメージ写真が表示されました。

情報は以上です。


完全に、言語情報を最小限にし、イメージで顧客に印象付ける戦略といえるでしょう。


以前、何度か、健康や健康食品に関する調査をしたことがありますが、多くの人が合理的な購買理由よりも、イメージで健康関連商品を購買しているという点が印象的だったことを思い出しました。


この健康飲料も、この顧客インサイトに忠実な店舗デザイン戦略をとっている点が秀逸です。

アンチエイジングに効果ありという、"+rose"という商品を買ってみることにしました。

10ドル、、、高い!をぐっと飲みこみつつ、表示されていたQRコードを読み取ると、すぐに上記の写真のようなテキスト・メッセージがスマートフォンに送られてきました。

私が入力する吹き出しに、あとはどのボトルを取ったか、ボトルの名前を入れればよいようです。

ボトルの名前を「rose」とだけ入れてみたところ、3分ほど待っても、うんともすんとも返事が返ってこないので、「I got a bottle of +rose(+roseのボトルを入手しました」と自分で入力してみました。

すると、ようやく、返事がきました。「リンクを訪れて購買を完了させてください。」


ええ、分かりました、が、リンクが一向に送られてきません。


また3分ほど待って何も返事が来ないため、業を煮やして「リンクを送ってください」とテキストメッセージを送りました。

ようやく、リンクが送られてきました。

思ったより、テキストでの会話技術の精度は悪いように感じます。


結局、こちらから、テキストを送って、依頼しなければならないのは手間感があります。

リンクをクリックすると、支払い情報を入力するページに遷移しました。


入力項目はとてもシンプル、ミニマムで、氏名、メールアドレス、カード番号のみ。


通常のオンラインショッピングサイトであれば、住所や年齢、性別などの入力項目が他にあったりしますね。入力項目が多ければ多いほど、顧客は面倒になり、脱落していきます。


ここでは決済に必要な情報のみに限定することで、顧客の購買行動の閾値を下げようとしているのでしょう。

顧客の心理をしっかりと把握して設計された購買画面のデザインです。

決済情報を入力すると、「ご購入ありがとうございます。決済完了のメールおよびメッセージをすぐにお送りいたします。次回以降のご来店の際はこれ(決済情報入力の手続き)は不要です。」という画面が表示され、メールアドレス宛に決済完了のメールが送られてきました。


ここでも、顧客の購買プロセスの手間や心理的な負担を下げるためのデザインが展開されていることが印象的です。

購入完了です!


黒の窓枠にショッキングピンクのボトルが映えます。

ボトルが目立つように、持ち帰りのビニールバッグは透明ベースに白のロゴデザインですね。

Dirty Lemonとは一切書いていないのも特徴です。

「これ何?」と、商品と袋を見た友達や周りの人に思わず言わせてしまうようなデザインです。

Dirty Lemonプロデュース、Drug Storeの何がイノベーティブなのか?

一連のDrug Storeでの実際の購買体験を経て、顧客の視点、マーケティングの視点、ビジネスの視点でこの顧客体験とサービスを簡単に検討し、サマライズしてみたいと思います。Drug Storeで印象的だったのは、以下の3点です。


1. インスタ映えする商品・店舗デザイン、ビジュアライゼーション、仕掛けからなる一連の統一されたブランディング


2. 無人店舗での経験したことのない新たな購買体験の提供


3. 無駄を省き、最小限かつ効果的な購買プロセスとテキストによるコミュニケーション




ミレニアル世代、かつ比較的富裕層である層をターゲットとした高級健康飲料という絞られた商品ラインナップで、ターゲット顧客の支持を得るための3つの戦略ともいえるでしょう。

1.については、デジタル&SNS世代であり、彼らの興味関心とポジティブなイメージを引き出すシンプルかつビビッドなデザインと、写真を撮って投稿したくなるようなインスタ映えする店舗、商品陳列と体験エピソードをDrug Storeは与えてくれます。そして、この世代は、何でもオンライン、オフラインの両方から情報を検索、入手、比較、確認することになれています。こうした、情報ハンドリング能力の高いターゲット層に対しては、一貫性があり、統一感があるブランディングやサービスデザインが求められます。

2.の経験したことのない顧客体験は、ストーリーを生みます。経験したことを周囲に語る、SNSで投稿するなど、ストーリーが伝播し、さらなる新規顧客やファン層を築きます。さらに経験したことのない体験は、ファーストエクスペリエンスとして、その顧客の記憶や身体に刻まれ、それを起点に、顧客との接点、関係性が強化されていくベースができていくのです。

そして最後に3.のミニマムな購買プロセスとコミュニケーションは、購買の心理的および時間やコストなどの物理的閾値を下げるとともに、継続購入や継続的な関係性づくりに貢献します。

これら3つの要素が中長期的なビジネスに貢献する基盤となっているといえるでしょう。煩わしいプロセス、コミュニケーション、過剰な広告や情報をハンドリングする余裕はこのターゲット層にはありません。

以上がDirty Lemonがデザイン、プロデュースするDrug Storeの戦略です。

この店舗は販売のための店舗ではありません。広告、宣伝の拠点でもあり、顧客にストーリーと新たな購買体験を提供することで、中長期的な関係性やファンを構築するための物理的拠点といえるのではないでしょうか。
無人店舗で、万引きなどの問題もあるのではないか、と疑問を持たれる方もいらっしゃると思います。メディアへの広告宣伝費を考えれば、この無人店舗への投資と運用はかなりコストが小さいのではないかと想像します。
他には、テキストメッセージのAI技術には改善の余地が大いにあるように感じましたが、オンラインリテイルを起点にしているからこそ、展開できる物理的店舗の在り方をまざまざと経験したように思います。


さて、次回の三章では、Amazon Goでの実際の体験をもとに、こちらもキャッシュレス店舗のサービスデザインやビジネス観点などを検討するとともに、最終的に、これからの"物理的店舗"の在り方について想像してみたいと思います。


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columnist

Aya Kubosumi ノマドマーケター


コニカミノルタ、大阪ガスで行動観察やユーザーリサーチに携わったのち、GOB Incubation Partnersを創業。夫の突然の転職に伴い、東京から3歳の娘と夫とともにNY(ニュージャージー)に移住。ノマドマーケターとして、NYの人々、もの、こと、を日々観察、体験したことを素材に、日本の商品開発マーケターの皆さんと共有したいインサイトを綴ります。 

s.budo